2026年01月30日

なぜ数学をやるのか (1240回)

第1240回の今回は
なぜ数学をやるのか
というテーマでお送りします。


音声のみ再生したい場合はこちら↓

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「宇宙と宇宙をつなぐ数学」加藤文元著 角川書店

を読みました。とても共感しました。
それで、この番組をつくりました。

誠実であるということは、難しいけれど、
あらゆる次元で、誠実さを大切にしなければ、
個人も文化も文明も国家も成り立ちません。

こんなことを考えながらお話をさせていただきました。

絶対合格!

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 (角川ソフィア文庫) - 加藤 文元
宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 (角川ソフィア文庫) - 加藤 文元

再生時間5分です。ぜひ聴いてみて下さい。
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2025年12月26日

真綿にくるんで話しなさい #1235

第1235回の今回は
真綿にくるんで話しなさい
というテーマでお送りします。




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「真綿にくるんで話しなさい」というのは、
詩人、小説家の西川満先生に教えていただいた言葉です。
教えていただいたのは半世紀前のことですが、
それ以来、この教えを守ろうと努力してきました。

人に何かを伝えようと思うこと、
それがいい内容だといいのですが
そうでない場合、例えば欠点を指摘しなくてはならないといった時、
この言葉を思い出して、お話しするようにしています。

「真綿にくるんで」と言うのは、
人の痛みを知るということでもあります。
人の痛みを知るから、真綿にくるむ必要があるのです。

どんな人のどんな行動にも、その人なりの言い分があるのです。
周りから見れば問題のある言動だと思えても、
本人からすれば生きるためのやむにやまれぬ事情が、その背景にあるのです。

他人のことだから分からないのですが、分からないなりに分かろうとすることで、
自分自身について今まで考えもたこともなかった発見があって驚かされます。

自分の心の中で、自分の言葉をどうやって真綿にくるもうかと
何度も自問自答している間に、
自分自身のなかに謙虚さが蘇ってきます。
そして、言うべきことが整理されていきます。

子ども同士は、思ったことを何の思慮もなく口に出します。
そして、傷つけ合います。

わたしは、子どものころから、こういうことが大嫌いでした。
大人も子どもも、誰であろうと人間同士が、無思慮な言動の応酬で、
傷付合うのは本当に嫌です。

だから、皆に西川先生の言葉を送りたい。

「真綿にくるんで話しなさい」

絶対合格!

再生時間7分です。ぜひ聴いてみて下さい。
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2025年12月18日

当たり前に考えよう ー愚直であれ  #1234

第1234回の今回は
当たり前に考えよう
というテーマでお送りします。


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当たり前のことを「当たり前」のこととして受け入れることはとても大切です。
「当たり前」とはどういうことかというと、
目の前にボールペンとか消しゴムがあったらそれを手に持って下さい。
そして、それを目の高さまで上げます。
もし、手を離したら、どうなるでしょうか。
100パーセント、1万回試行したら1万回、下に落ちます。
例外はありません。
これが「当たり前」ということです。

人間いろいろ智慧がついてくると、何が当たり前か分からなくなります。
勉強に関しても同じことが言えます。
九九を初めて習った時。
どうでしたか。
アルファベットを初めて習った時は、どうでしたか。
どちらも、最初に自分のものにするのはとても
大きなエネルギーを要したはずです。

「初心忘れるべからず」とはこのことを言います。

初心を忘れると、何かうまい方法、手間がかからず成果が上がる方法
を探そうとします。
これが迷いの始まりです。

勉強は、手間も時間もかかります。
特に初めてやる勉強は、それが当たり前に使いこなせるようになるためには
多くの時間や手間が必要です。
大切なことは、そうやって多くの時間や手間をかけている内に、
つまり脳を使っている内に短時間で行えるようになるということです。

是非、九九やアルファベットを学んだ経験を思い出して下さい。
納得いただけるはずです。

最初から脳に負荷をかけない方法を求めても、何も得られないということです。
脳に負荷をかけることで、近道が自然と明らかになっていくということです。
そして、学習の経験が次の学習に生かされていって、
より高度な内容を身に着けることができるようになるわけです。

最初から、脳に負荷がかからないようにしようとすることは、
学習の経験の積み重ねを拒否することでもあります。
非常にもったいないことです。
時間がいくらあっても身につかないという事態を招きます。
自ら進んで脳に負荷をかけ、手間をかけ、時間をかけて学習していくという
前向きの姿勢が学習効率を上げ、学習を喜びに変えていきます。

愚直と言う言葉があります。
愚直に勉強に取り組むことが、最良の方法だということです。

絶対合格!

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参考文献
愚直一徹: 私の履歴書  日本経済新聞出版 西澤 潤一 著


再生時間7分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年12月12日

未来の自分とつながる #1233

第1233回の今回は
未来の自分とつながる
というテーマでお送りします。


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ヴィクトール・E・フランクルは次のように書いている。

「永遠の相の下に、未来を見ることでのみ生きられるのは、人間ならではの特性である。そして、これは、その人の人生で一番つらいときの救いになる。」

この原稿を改めてもう一度書きたいという強い思いが過酷な収容所を生き延びる糧となったのは間違いない。


この原稿と言うのは『死と愛』のことだ。
『死と愛』の原稿は収容所で没収されてしまった。

この本の原稿を再び書いて、別れ別れになった家族と会うのだという望みが
彼を支えた。
フランクルの語る「永遠の相の下で」という言葉を考えてみたい。

ー参考文献―
死と愛【新版】――ロゴセラピー入門  みすず書房 
人間とは何か: 実存的精神療法   春秋社 

絶対合格!

再生時間10分です。ぜひ聴いてみて下さい。


*ビクトール・フランクル 精神科医・心理学者。『夜と霧』の著者
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2025年12月05日

未来の自分に投資し続ける #1232

第1232回の今回は
未来の自分に投資し続ける
というテーマでお送りします。


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「あなたは将来どのようになりたいでしょうか」

このことを真剣に考える必要がある。
この問い自体が曖昧模糊としているし、
未来に何が起こるかは予想できないから答えに窮することもわかる。
頭脳明晰な人ほど答えに詰まるのも当然だ。

しかし、自分がどのようになりたいかを考えるのは自由だ。
人は自由だからだ。

「あなたは将来どのようになりたいでしょうか」

毎日時間をとって考えて欲しい。
例え5分でもいいので、将来どうしたいか、自分の本音と向き合って欲しい。

アリとキリギリスの寓話がある。
未来への投資をする必要性を教えてくれている。
「そんなことはわかってる、
でも、現実が一ミリも動かない」
と嘆く人もいると思う。
将来のために勉強しようと思っても、
ちっともはかどらない、成績が全く上がらない
と思う人もいるだろう。
なぜだろうか。

ーーーーーー
お腹が少し空いたなと感じる。
ポテトチップスの袋を開けて、1枚食べてみる。
もう1枚ぐらいいいだろうと思って、もう1枚食べてみる。
もう1枚ぐらいならいいだろう。
・・・・・
気づいてみると1袋全部食べてしまった。

英単語の意味を調べようと思う。
辞書でもいいのだけれど、なんとなくめんどくさく感じて、スマホを手に取る。
ど忘れした英単語の意味を調べるだけだからと、つぶやきながら。
目指す英単語の意味はすぐ調べられた。
そうだ、今日の午後はどんな天気かな。
ふと思って調べる。
そうこうするうちに、いろんなニュースが目に入ってくる。
タレントの○○が事件を起こしたとか、アメリカの△△で大事件が起こったとか。
さらに、次から次へと流れてくるショート動画を見続けてしまう・・・
単語1つ調べるのに、結局3時間費やしてしまう。
ーーーーーー

入学試験に合格することは大きな喜びをもたらすが、
それよりも、ポテトチップスやスマホの方が圧倒的に大きな力があるのだ。
ポテトチップスを食べると、どういう未来がやってくるか、
簡単にはっきりとわかるからだ。
だから、ポテトチップスを食べてしまう。
そうして、人はポテトチップスの奴隷になってしまう。

あなたは、こういう人生でもいいのだろうか。
短期的な欲望に打ち勝つにはどうしたらいいのだろうか。


まず、自分の人生は自分でしか責任を取れないことを確認して欲しい。
当たり前だと思わず、何度も確認してほしい。
ポテトチップスは、あなたの人生に責任をとってくれない。
未来永劫、責任を取ってくれない。
責任を取れるのはあなただけなのだ。
その上で、自分の未来を考えて欲しい。

最初は、そういうことを考えるのも辛いという人もいるかもしれない。
でも、考えて欲しい、自分の未来について。
考えていると、不思議なことに、役に立つ本に出会うかもしれない。
あるいは、見識ある人の有意義な意見に接することもできるかもしれない。
そういうものを養分にして、自分の未来について考えて欲しい。

そうするだけで、ポテトチップスから自由になれるのだ。
未来の自分の姿が見えてきたら、未来への投資をしてほしい。
少しずつでいい。
何が自分の未来への投資になるか、この段階になればよくわかるはずだ。

そして、今後どんなに魅力的なポテトチップスが目の前に現れても
一言、クールに「NO」と言えるようになっているだろう。
「NO」と言える自由があなたにはあるのだ。

絶対合格!

再生時間6分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年11月14日

演習には2段階ある ♯1229

第1229回の今回は
演習には2段階ある
というテーマでお送りします。



数学の実力をつけるには演習が不可欠である。
演習無くして数学の力をつけることはできない。
ここで、知っていて欲しいのは、
演習には2つの段階があるということ。

第一段階.演算規則、公式を使いこなせるようになる。
第二段階.全範囲を終わった段階で、すべての知識を動員して演習をする。

まず、基本的な演算規則を知らなくてはならない。
因数分解、二次方程式の解の公式から始まって、ベクトルの内積、三角関数(加法定理、半角、2倍角、和積、積和)、指数関数、対数関数、数列(等差数列の和、等比数列の和、漸化式)級数、微分、積分(置換積分、部分積分)
など、演算規則をすべて自由に使いこなせるようになることがまず必要となる。
これは、教科書の傍用問題集が扱っている内容にあたる。
そのためには演習が必要だ。演習を繰り返して、完璧な習得を目指して欲しい。
これが、第一段階。

これが終わると、第二段階には進むことができる。
解くのに全ての知識が必要となるレベルの問題を演習していく。

ここからが本番といってもいい。
問題を見たとき、何をすべきかを整理していく。
問題の内容を理解すること。
理解するためには、グラフや表を描く必要がある場合もある。

そして、問題の要所を探す。
この変数とこの変数の関係がわかればいいのだ、とか、図形なら、線分の比がわかればいいのだとか。
ここが分かれば問題が解決するという要所を見つける。
そして、そこに至るにはどうしたらいいかを考える。

そして、問題を改めて確認して、問題解決に都合のがいいように問題自体を変形してみる。あるいは、極端な場合を考える。
上手くいかなかったら、また、問題文を何度でも読んで、見落としがないか、
考え違いがないかを確認する。

こういうことが数学を考えるということであり、
これを繰り返して、数学の力がついてくる。
そして、経験を積むごとに問題に対するアプローチ法が習得できる。
これが数学の勉強である。

第一階を完璧にこなしていないと、問題文の意味を正確に読み取れない。
そして、計算が必要になったとき、計算ができないのでは、問題は解けない。
いちいち、公式を導出しているのでは、思考が途切れてしまう。

思考の流れを維持するためにも円滑に淀みなく計算ができることが必要になる。
第一階を疎かにせず、完璧にできるようにしてほしい。
そして、第二段階の演習に取り掛かって下さい。

絶対合格!

再生時間10分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年10月31日

あなたには自由がある #1227

第1227回の今回は
あなたには自由がある
というテーマでお送りします。



「今を大切に一心に学んで欲しい」
わたしが皆さんにお伝えしたいことは、この一点に尽きる。
脳が爆発的に成長する時に一心に勉強して欲しい。
大切な大切な時期に寝食を忘れて、学んで欲しい。
子ども学ばなければ、人になれないからだ。

でも、もし学びたいと願う気持ちがあるなら、
躊躇なく学んで欲しい。
いつでもいい。何歳になってもいい。
いつでもいいので、一心に学んで欲しい。

学べば新しい発見がある。
新しい人生を創造できる。
物事を見る時、別の視点を得ることができるからだ。
その結果、判断がより正確に、迅速になる。

人は、学ぶことでどんどん成長できる。
成長に年齢制限などない。
知識は人をどこまでも豊かに幸せにしてくれる。


題名は失念したが、ある映画を思い出す。
黒人女性が、大富豪の家のメイドとして雇われる。
その家には莫大な量の本があることに驚き、
彼女はその家の主に尋ねる。
「これを全部お読みになったのですか」
主人は笑って「もちろん」と答える。

彼女は、帰宅するとすぐに小学生の息子の所に行き、
息子が見ているテレビのスイッチを切ってしまう。
そして、勉強をするように言いつける。
その後、その息子はいろいろな障害を克服して、
立派な人になるというストーリーだ。


SNS、Youtube、そういうものは全部時間泥棒に過ぎない。
あなたの大切な時間を奪っていく泥棒だ。
泥棒に好き勝手させてはいけない。
拒否する自由をあなたは持っているのだ。
あなたは、自分の意志で、スマホの契約を解除できる。

自由はあなたの手の中に、すでにあるのだ。
そして、学ぶことも。
どういう人生を選ぶかも。
ぜんぶ、あなたの自由なのだ。
あなたは、自由を持っているということをいつも思い出して欲しい。

絶対合格!

再生時間4分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年10月24日

授業は復習・確認のためにある #1226

第1226回の今回は
授業は復習・確認のためにある
というテーマでお送りします。



先生も生徒も親も、皆が誤解していることがあります。

それは、授業・定期テストの役割です。
「授業は復習・確認のためにある」
このことがほとんどの人はわかっていません。

理解、記憶、習得は自分自身でしかできません。
授業で分からせるとか、わかる授業とかはそもそも存在しません。
自分で分かっていないことについて授業を受けても、わかるようにはなりません。
自分が身についていれば、先生の話を聴いて理解できます。
自分が身についていなければ、先生の話を聴いても全く理解できません。

英語ができるから、米人の話を理解できます。
英語ができなければ、米人の話は全く理解できません。
当たり前のことです。
自分で記憶し、演習し、理解を深めていくしかありません。

学校での講義の役割は
1. 自分は正しく理解しているか。
2. 自分は身についているか。
3. 自分は正しく記憶しているか。
こういう点をチェックするために存在します。

学校の授業を大切にするのなら、
事前にその内容を理解し、記憶し、身につけておかなければなりません。
そうでないと、授業時間が全く無駄になります。

完璧に身に着けた内容を授業を聞くことによって、
復習し確認することができます。
それによって、理解がさらに深まります。

定期試験も同様です。
定期試験の前に徹夜で勉強するなどどいいうのは愚の骨頂。
定期試験は復習なので、復習に準備をすること自体が不合理です。
何も勉強しないで定期試験を受けて、満点を取る。
それが当たり前で、そのように勉強しないと、
定期試験の時間も無駄になってしまいます。

定期試験が年に5回あるとします。
それぞれの準備に2週間かけるとします。
そうすると、1年に10週間。
6年で60週間。
1年は52週間です。
ということは、中高6年間のうち、1年以上を定期試験対策に
費やしていることになります。

これでは、入試で結果を出すのは難しい。
定期試験の度に自分の勉強が中断されることも意味するからです。

先々を予測してどんどん自分のペースで勉強しましょう。
自分の人生を自分の手の内に入れることができるのです。

絶対合格!

再生時間7分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年10月17日

「なぜか」理由を考えてみる #1225

第1225回の今回は
「なぜか」理由を考えてみる
というテーマでお送りします。



小学校3年生の時、社会科の授業で、石原先生が、
「丹那トンネル」について話をされたのを思い出す。
大変な難工事で、沢山の方が殉職されたというお話しだった。
すばらしい授業だった。

今この瞬間も、私たちのインフラを支えてくださっている人、
そのインフラをつくるために努力してくださった方、
有名無名の皆様のご活躍を知ることで、
人が健全に育っていく理由について考察したい。

教育とは何か。

子どもは、視野が狭い。
それを広い世界に導いていくのが教育の役割だ。
子どもの世界とは、イコール自分の家のことに過ぎない。
それを広げることが必要になる。
大人になったから、自然に視野が広がるわけではない。
教育を受けるから視野が広がるのだ。
私も、石原先生のお陰で、
丹那トンネルの工事で殉職された方々に思いを馳せることができ、
丹那トンネルを維持管理されている方々に思いを馳せることができ、
丹那トンネルを通過する列車を安全に運行して下さっている方々に
思いを馳せることができる。
空間、時間を超えていろいろなことを感じ取り、考えることができる。

丹那トンネルだけでなくて、
日本にあるすべてのトンネルにも
殉職を含めた沢山の方の献身があることもわかってくる。
トンネルだけではなく、橋も同様だろう。
一つ一つの橋にも、たくさんの人々の命を懸けた取り組みがあったはずだ。
トンネルや橋だけではない、この世のすべてのものが、
人々の献身によって造られてきたことがわかってくる。

このように、子どもは意識を拡大させていくことができるようになる。
今までなかった視点を得ることができる。
自分が多くに人によって支えられ守られていることに気づいていく。
子どもにとって、多くの人にいつも守られているという感覚は
とても大切なものだ。
自分がこの世界の一部だどいうことも分かってくる。
子どもにとって一番必要なことは安心である。
安心の上に健全な成長がある。
自分が如何にして生きるべきかという問に対する答えも、
安心を基礎とした健全な成長の中に自然に出会うことができる。
学ぶことの大切さも、何をどのように学んでいくのかも、
自然な出会いの中で会得されていく。

大人も同様だ。
不安の多い世の中で、自分を見失っている人も多いはずだ。
そういうとき、会ったこともない、そして会うこともない
数多くの人々が自分を支えてくれていることに目を向けて欲しい。
そして、そういう人々に感謝を捧げて欲しい。
真っ暗闇にいると絶望的になっている人でも、
ここに救いがあるはずだ。

絶対合格!

再生時間7分半です。ぜひ聴いてみて下さい。
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2025年10月10日

自分事 VS 他人事 #1224

第1224回の今回は
自分事 VS 他人事
というテーマでお送りします。



受験の合否を分けるものは、
生徒が受験や勉強を自分の事として受け入れているかどうか、
ここに尽きると考えている。

受験や勉強を自分の事としている生徒は、徹底して勉強する。
教師の言うことはすべてノートし、まとめ、何度も何度も見直す。
不確かなことがあればすぐに辞書や辞典を引いて調べる。
そうやって、覚えるべきことを確実に記憶していく。
覚えることの大切さを知っている。
一言で言えば、手忠実(てまめ)である。

逆に、他人事の生徒は、指導者に何度も促されて、やっとノートをとる。
そもそもノートを持参していない場合もある。
ノートをとったとしても、ノートを見直すこともしない。
ノートの字が乱雑で読み返すことができない。
ノートをいとも簡単に紛失してしまう。
不確かなことを確認することはなく、いつまでも不正確なままにしておく。
覚えるべきことをいつまでたっても記憶しない。

自分事の生徒は「自分のやれることは精一杯やろう」と考えている。
今までわからなかったことがどんどんわかるようになり、
できなかったことがどんどんできるようになる。
「勉強ってなんて楽しい」と思っている。
わからないことはわからない。できないことはできないと、正直に言える。
だって、わからなことだって、できないことだって、
ちゃんと勉強をすればできるようになることを知っているから。
だから堂々としている。
自然に結果がついてくる。

他人事の生徒は「必要なことは全部周りの人ががやってくれるもの」
と考えている。
だから、自分でノートをとったり、見返したりする必要をそもそも感じない。
「なんで私がそんな面倒なことをしなくてはならないの、
 勉強なんて絶対したくないし、勉強なんてつまらない」
と思っている。
どんなに成績が悪くても、
「誰かが勉強をできるようにしてくれるはず」と思っている。
今、どんなに分からなくも、どんなにできなくても、
いつか誰かがなんとかしてくれる。
私にできない事なんか何にもない。
何でもできるようにしてくれるから、
できない私なんてどこにも存在しないんだ。
今できないことなんて、気にしない、気にしない。
入試だって、誰かが合格させてくれるに決まっている。

自分事の生徒が、志望校に合格し、
その後の人生でも結果を出していくのは当然だ。
受験のみならず、人生のあらゆる側面で両社の差は拡大していくのも当然だ。
年齢をかさねて、分別がつけば、考え方が自動的に変わるわけではない。
だから、人生の早い時期に「何でも他人事の世界」から
「自分の人生は自分で責任を持つという自分事の世界」
へ脱皮しなくてはならない。
どんなに他人事の世界が安楽であろうともだ。

ではどうしたらいいのか。
即席な方法はない。
だが、方法はある。

それは、自分がいかに他人の恩恵を受けて生きているかを
様々な角度から知らせること。
水道の蛇口を捻れば飲める水がふんだんに出で来る。
これを当たり前ではないということを教えること。
毎日食事がいただけることも同様。
ガス、電気、下水、鉄道、医療、身の回りのすべてのことに、
当たり前なものなど何もない。
このことを何度も何度も様々な角度から教えること。
毎日毎日、機会を見つけては繰り返すこと。
親から子どもに繰り返し話して聞かせてほしい。
家族で食卓を囲んでいる時などは絶好の機会だ。
そういう機会をとらえて、話をしてほしい。

いつも同じ話でもいいのだが、
子どもに話して聞かせたい話題を貪欲に勉強するのも素晴らしいことだ。
こういう立派な人がいたから今の自分たちがこうして生活できるという視点で、
本を探してみて欲しい。
そういう本を読んで、その内容を子どもに話して聞かせるほど
大切なことはない。
「お父さんはこういう本を読んだんだけれど、
その本にこんなことが書いてあってね」
という具合に、どんどん読んで話しをしてあげて欲しい。
親のこうした行為は、子どもの一生を決定づける。
これは大人である親にとっても計り知れない良い影響がある。
人生を激変させるほと大きな力が秘められている。
ぜひ、そういう体験をご家族全員でなさってください。

絶対合格!

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2025年09月12日

今日 本番の試験だったら、 自分は合格できるだろうか? #1220

第1220回の今回は
今日 本番の試験だったら、 自分は合格できるだろうか?
というテーマでお送りします。



今日は、令和8年9月11日。

今日、もし志望校の本番の入試だったら、
あなたの結果はどうだろうか。
半年後でもなく、1年後でもなく、
今日、志望校の本番の試験があったとして、
あなたは合格しているだろうか。

いつまでたっても、
勉強が順調に進まない、
あるいは、進めようとしない生徒は、
受験が他人ごとで、自分のことと思えていない。
だから、本気に受験に向き合えない。

信じられないことだが、所詮他人ごとで、
自分とは全く関係ない縁もゆかりもないないことに過ぎない。
その結果、勉強をしない理由を探し、
受験勉強以外のことを優先させ続ける。

もちろん、こういう状態で受かりっこないのだが、
そんなこと百も承知だが、
受かろうが受かるまいが自分には関係がないことだと思っている。

親や先生がいくら言って聞かせても馬耳東風。
学校説明会にむりやり連れて行っても、なんの変化もない。
このような例は、極端であって、少数かもしれない。

しかし、どこかで、他人事という生徒はとても多い。
逆に、100%自分ごとだと思っている生徒も少数だ。
受験は100%自分ごとだと思えれば、合格の可能性は一気に高まる。
勉強に向き合う姿勢が、完全に変わる。
妥協なく反復し、細部まで暗記し、理解しようとする。
「まあ、これくらいでいいか」とか、
「今日だけなら、休んでもいいか」
などという悪魔のささやきを断固排除し続けられる。
一瞬でも早く、このような状態になってほしい。

受験の成功は、能力の高低ではなく、
「自分事度数」によって決まる。

そのためにも、自分に問いかけて欲しい。
「今日、本番の試験だったら、自分は合格できるだろうか」

試験場の椅子に座った感触はどんな感じがするだろうか。
試験場の黒板には、何が書いてあるだろうか。
試験監督者は、何を言っているだろうか。
試験場は、寒いだろうか。暑いだろうか。
試験場の窓から、何が見えるだろうか。
思い浮かべてみて欲しい。

絶対合格!

再生時間は3分です。ぜひ聴いてみて下さい。

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2025年08月15日

先生も間違える。先生は凡人だから #1216

第1216回の今回は
先生も間違える。先生は凡人だから

というテーマでお送りします。


私が、授業をすると間違えることがある。
それがとても気に入らない生徒がいる。
きっと、その生徒は、先生は神だと信じているのだろう。
しかし、先生は神でない。
完全無欠でもない。
先生は神でなく、普通の人間なのだ。
それを、受け入れられなくて、
先生は神だから、完全無欠でなくてはならない
と考える。

当たり前のようだが、
実はとても危険な考えなのだ。
先生は神だから完全無欠な存在だと思っている生徒は、
先生が間違えたとき、
その先生は間違えるから完全無欠ではない。神ではない。
だから、自分にとって無意味な存在なのだ
と、断罪する。

その生徒の世界は、ゼロか全てかの二種類しかなくて、
先生を、そのどちらの世界に入れるかは、
自分が決めることなのだと信じていることになる。
つまり、自分が先生を断罪できる立場なのだと思っていることを意味する。
と言うことは、自分は人を裁ける万能の存在なのだと、
つまり、自分こそは全知全能の神なのだと考えている
ことになる。

自分が神になってしまうと、謙虚に学び続け、
成長していくことができなくなる。
完全無欠の神である自分が学ぶ必要など、そもそも、ありはしないからだ。

ひとたび神になってしまうと、勉強ができないのは他人のせいになってしまう。
神である自分に、周りは全て従わなくてはならないと考えるからだ。

本当は、自分が勉強しなかったから、成績が悪かったり、
入試に落ちたりするのだが、
それが受け入れられない。

先生の教え方が悪いから、自分が成績が悪いんだ。
悪い成績をつける先生がいけないんだ。
親が悪い、先生が悪い、学校が悪い、社会が悪い、国が悪い、世界が悪い。
他責には限りがない。

上手くいかないのは全部他人のせいと考えるから、
一切、自分を省みることができなくなる。
失敗を認め、そこから学び、次に生かす、という発想が育たない。
つまり、成長ができなくなってしまう。

神は完全無欠だから、反省などすることはない、そもそも、
神にとって、成長という概念すらない。
子どもは、自分が神になることとで、親の手に負えなくなる。

こうなったとき、親が決まって言う言葉がある。
「一度地獄を見ればいい」

本当は、親が、子どもの幼児的万能感に適切に対処できなかったことが
原因で増大強化されてしまったのだ。
だから、メカニズムを知ることが最重要なこと
なのに、
その点がなおざりにされ、
子どもへの憎しみだけ激しく燃え上がる。
なぜなら、親にも万能感があるからだ。
親の思うとおりに生きない子どもは地獄に落としてやると考える。
子どもは、とめどなく地獄に飲み込まれていく。
子どもに対する、親の怒り、憎悪はますます大きくなっていく。
親と子の万能感の激突が起こる。

親は自分の万能感を深く自覚しなくてはならない。
そこに解決の糸口がある。
先生に対する神格化は、実は、自分を神と考える思考を、
先生に投影しているに過ぎないことが分かる。
先生が神だと考え、間違えることを許せない生徒は、
自分自身の中にある万能感に気づく必要がある。
この自覚がないと、とめどない他責の罠にとらえられてしまう。
幼児的万能感、子どもの頃に自分の中につくられた、
信念を一生持ち続けることになるのを覚悟しなくてはならない。

絶対合格!

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2025年08月08日

お母さん、スマホを私から取り上げてほしい #1215

第1215回の今回は
お母さん、スマホを私から取り上げてほしい

というテーマでお送りします。


スマホ中毒の子どもから、
スマホを無理やり取り上げるのはかえって逆効果になるという
意見を聴くことがあります。
依存症の専門家にも、そのような意見を表明する人が
少なからずいらっしゃいます。

忘れてはいけないのは、子どもには隠れた欲求があること。
隠れた欲求とは、
「スマホから自由になりたい」という欲求です。
一日中スマホから手を離せないという子どもであっても、
こうした欲求があるのです。
なぜなら、それが、人間だからです。
プラスとマイナスのバランスとろうとするのが人間だからなのです。
スマホをやりたくてしょうがないという欲求の裏では、
スマホをやめて自由になりたいという欲求が必ずあるのです。
隠されていても、注意深く言動を観察すれば、発見できます。
そして、相手も、自分自身の隠れた欲求の存在を認めることができるのです。
「スマホ、やめたい」
と心の底ではずっと思い続けてきたのだと気づくわけです。
「自分ではどうにもならないから、お母さん、
もうスマホを私から取り上げて欲しい」
そういう切実な欲求が存在しているのです。
ここに目を向けることが何よりも重要なのです。

相手の立場に立って、相手の話を聞くことが大切だと言われます。
相手の隠れた欲求をこちら側が認識し、
こちらが相手の隠れた欲求を認識することで、
相手自身が、自分の隠れた欲求をはっきりと自覚できるからです。
同じように、
勉強をしたくないという言動の後ろに隠れているのは、
「自分は思いっきり勉強したいのだ」
「自分も勉強ができるようになりたいのだ」
という欲求なのです。
その欲求を分かり、受け止め、その欲求を実現できるように手助けすることが
何より大切なことになるのです。

人は必ず嘘をつきます。
生徒は必ず嘘をつきます。
親も必ず嘘をつきます。
この言葉の意味は、
人には人知れず隠れて存在する、
自分自身の欲求があって、
それを誰にも知られないように後生大事に守っているということです。

以上述べたようなことを踏まえれば、
わたしが申し上げる、
「親が自由に子どものスマホの契約を解除する」
という対処が当たり前で、
有効であることが了解できるはずです。

絶対合格!

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2025年08月01日

進路選択に迷う前に #1214

第1214回の今回は
進路選択に迷う前に
というテーマでお送りします。


とても多くの人が、文系か、理系かの選択に迷っています。
私は、そういう生徒、親からの相談を受けることがよくある。
こうした相談をいただいた時、真っ先に、尋ねることがある。

勉強していますか。

勉強量が不足していたら、文系、理系のどちらを選択したらいいのか
迷うのが当たり前。
なぜかと言うと、ご本人が、文理どちらを選択しても、
結果を出せないことを知っているからだ。

だから、本質的な問題から目を背けて、
悩んでいるふりをする。
悩んでいるふりをしている瞬間は、将来の不合格と言う結果から、
目を背けられるからだ。
だから、ますます、悩むのをやめられない。

そして、勉強もしません。
文系、理系を決められないので、勉強が手につかなくて、
などどカッコをつけていれば、
親も、それ以上、勉強しない事を責めたりしない。
「気分転換してくるから」
といって、親から小遣いをせしめて、遊びに行ってしまっても、
許されるように思う。
ますます、合格からは遠ざかって行きます。

文理選択に迷っていることが錦の御旗になる。
これを、早くやめましょう。
一刻も早くやめましょう。
続けていても、百害あって一利なし。

今自分がしていることは、
自分のみならず、周りのすべての人々を不幸にする
破壊行為であることに気づきましょう。

どの科目ならやれそうですか。
どの分野ならやれそうですか。
どの教材なら、手をつけられそうですか。

とにかく、手を付けられそうなことを見つけて、手を付けること。
無理やりでもそれをやること。
生活が乱れてしまっている人も多いと思う。
勉強に集中できる環境をつくってください。
まずは、スマホの契約を解除して、スマホの本体は、親に保管して
もらってください。
あなたはスマホを持つ資格はありません。

とにかく、一刻も早く、始めること。

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2025年07月11日

最高の学力を身に着けてほしい #1211

第1211回の今回は
最高の学力を身に着けてほしい
というテーマでお送りします。


私の願いは3つある。
その1.生徒に最高の学力を身に着けて欲しい。
その2.身に着けた最高の学力を基にして、さらに研鑽を積み、工夫を重ね、
    自分の学んだことを次世代に伝えて欲しい。
その3.最高の学力を思う存分使って、日本国の発展と繁栄に尽くして欲しい。

この三つのことを、心の底から願っている。
今の世代が怠けて、次の世代へ継承ができなかったらどうなるだろうか。
大人も子どもも強い危機感をもって振り返って欲しい。
大きな責任を感じて欲しい。
子どもであっても、真剣に学ぶ責任があるのだ。
教育や躾をする大人と教育を受ける段階にある子供たちが、教育や躾を通して、
知的財産の受け渡しがおこなわれているのだという意識をともに持つことで、
勉強や躾が上手くいく。
このことによって最高の学力を身に着けることができる。
私にとって、世界最古の国家である日本に生まれ育ったことは強い誇りであり、
その知的財産の継承に参加できることは大きな喜びです。

今述べたような文脈のなかで鴨下算数数学塾を位置づけてみます。
一言で言えば、鴨下算数数学塾は、一生続く学びの基礎を教えるところです。
学び方には、正しいやり方があり、
1. 正しい勉強の仕方で、
2. 最大限の努力を、
3. 続けることで
最高の学力を身につけられる。
正しい方法、最大限の努力、継続の3つが揃ってはじめて、
最高の学力への道が拓けるのです。
生徒が、この3つが身に着けられるよう徹底的に鍛えます。
あらゆる知識を総動員して、この3つを身につけさせます。
そして、その後、生徒には、数多くの出会いが待っているはずです。

ただ、どんなに偉大な人に出会っても、その人に準備がなければ、
その目の前にいる人の偉大さは理解できません。
だから学ぶことが必要なのです。
どんなに偉大な人、事象に出会ってもその重要さを理解でき、正しく評価し、
そこから学べるのは準備してきた人だけだからです。

学びましょう。
次世代への責任感と知への情熱をもって。

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2025年07月04日

素晴らしい文章に出会いました。一緒に読みましょう #1210

第1210回の今回は
素晴らしい文章に出会いました。一緒に読みましょう
というテーマでお送りします。


とてもすばらしい文章に出会いました.
皆様と一緒に熟読したいと思い,引用させていただきます.

『演習誰でもできる化学濃度計算 実験 実習の基礎』丸善出版.
著者 立屋敷哲(たちやしき さとし)
女子栄養大学で46年教鞭をとられ,2019年に退官されました.
1ページ

Study Skills 1. 何のために学ぶのか,考えてみよう
君たちは何のために大学に進学したのだろうか.
もっと学ぶためではないのか.そもそも人は何のために学ぶのだろうか.
唐突だが,勉強は,じつは人類の知的財産を次世代に引き継く相続行為である.
よって,学ぶことは次の世代を支える若い人の責務である.
また,学ぶことは自分が一生を生きるための糧を得る手段
身につけることでもある.
それゆえ厳しい言い方だが,この人類の未来に対する責任を
逃れようとする人は,人としてあるいは社会の一員として
生きることを放棄することに値する.
人は自分の能力を生かさなければならないし,伸ばさなければならない.
それをもって社会に寄与しなければならない.
これが生きるということである.
したがって,少なくとも若いうちは誰でも,何かを学ぶ必要がある.
それが人間として生きていく義務である.
学ぶうえで,能力を人と比較する必要はない.
大切なことは,世界に2人といないオンリーワンである自分をどう伸ばすか.
どう生きるかである.
学ぶ場所や方法,時間はもちろん学校だけに限らない.
学び方は多種多様である
(“生命科学・食品学・栄養学を学ぶための有機化学 基礎の基礎”(丸善) 序文参照).


立屋敷哲先生の最終講義
https://course-video.eiyo.ac.jp/final/tachiyashiki_20190204.html

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2025年06月20日

言葉を大切に扱うこと #1208

第1208回の今回は
言葉を大切に扱うこと
というテーマでお送りします。


子どもの教育にあたって、一番注意しなくてはならないこと、
それは、日本語を大切にすること。
ご両親にお願いするのは、
正しい日本語を話すこと。
正しい日本語とは、
主語と述語を明瞭に話すこと。
そして、論理的であること。
例えば、このような会話のやりとりのことです。


お母様、ただいま帰りました。
お帰りなさい。
あなたは、今日学校で何を勉強をしましたか。
私は、算数の勉強をしました。
あなたは算数の何について勉強しましたか。
私は、分数同士の割り算について勉強しました。
先生は、分数同士の割り算について何とおっしゃっていましたか。
先生は、分数で割ることは、その分数の逆数をかけることと同じだと、
何度も強調されていました。
あなたは、先生のおっしゃったことを、ノートに書きましたか。
はい、私は先生のおっしゃったことをノートに書き写しました。
そのノートをお母さんに見せてください。
はい、これがそのノートです。
先生は、宿題を出されましたか。
はい、先生は宿題を出されました。
宿題は、何ですか。
教科書55頁の演習問題を全部解くことです。
教科書55頁の演習問題をすぐにやってしまいなさい。
はい、すぐに取り掛かります。
やり終わったら、お母さんに見せなさい。


このような会話は、子どもの頭脳を育てます。
論理的に考える力が養われます。
脳に無駄なストレスがかからず、前頭葉が鍛えられます。
意味が明瞭で、論理が破綻していないからです。
言葉を大切にすることは、自分自身を大切にすることでもあります。
自分自身の人生を大切にすることでもあります。


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2025年06月13日

問いかけること #1207

第1207回の今回は
問いかけること
というテーマでお送りします。


自分は本当に真剣に受験勉強に取り組んでいるだろうか。
心から真剣だ。
どこか手を抜いているところはないだろうか。
もっと沢山できたのではないか。
もっと集中して取り組めたのではないか。
もっと他にできることはないか。
常に、自分自身に問いかけ続ける。
この問いかけ続けることなしに、受験の合格はありえない。

生きるとは何か。
それは、自分自身に問いかけ続けること。
到底答えが分からない、
分かりようもないことであっても、
問い続けること。
自分に問いを発する瞬間から自分の人生が創られていく。

生きるとは何か。
死とは何か。
より良く生きるにはどうしたらいいか。
自分の才能を最大限に伸ばしていくにはどうしたらいいか。
そもそも、自分に才能はあるのか。
あるとしたら、どんな才能があるのか。
どうしたら才能を生かして国のために尽くせるだろうか。
絶対に東大に行きたいと思うのはなんでだろう。
東大に行ったらどんな問いと出会うだろう。
東大に行ったら、どういう問いが浮かぶだろうか。
次々に、いろいろな問いが浮かんでくる。

問いかけるから人生は開けてくる。
新たな問いに出会うことができる。
先ほど、人生は自分自身に問うことだと言った。
更に言えば、人生は問いに出会う旅ともいえる。
問いに出会い、問いかけて、そして、また、問いに出会う。
大学に行くのも、問いに出会うためだと思う。
大学に行く前の自分だったら、その問いを思いつくこともなかった。
そういう問いに出会いたいから、
出会うと知っているから、大学に行きたいと思うのかもしれない。
出会った問が、専攻した学問分野の課題ということもあるし、
人生は如何に生くべきかという問いであるかもしれない。
そうやって、人は新しい人生の局面を切り開いていく。
それが生きると言うこと。

私は、「絶対合格!」を自分に問いながら、教え続けている。

絶対合格!

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2025年06月06日

自分で考える人を育てるために。指導は余白をつくることから始まる #1206

第1206回の今回は
自分で考える人を育てるために。指導は余白をつくることから始まる
というテーマでお送りします。



指導は、余白をつくることから始まる。
生徒の状況に応じて、その生徒に最適な余白をつくらなくてはならない。
ここまでは教えるけれど、これ以降は自分で考えさせるという
境界線の引き方が指導の重要なポイントになる。
生徒に応じて、教えない部分、つまり余白の形と大きさを決める必要がある。
全部教えてしまったら、それが、どんなに懇切丁寧な教え方であっても、
実力はつかない。
絶望的に実力はつかない。

このことを生徒を指導したことのある人なら痛切に感じたことがあるはずだ。
生徒自身が本気で課題に向き合って、自分で考えなければ、
理解も深まらないし、思考力も育っていかない。
だからと言って、頑なに何にも教えないというわけでもない。
逆に全部、教えていいわけでもない。
そして、教えていい部分と教えていけない部分は、
たとえ、同じ問題を教える時でもあっても、
生徒によって異なっている。
一般論として、ここは理解が困難であるとは言えても、
目の前の生徒が、その部分に困難を感じるかどうかは、別の問題なのだ。

どういう余白をつくるということは、極めて重要だが、
指導の2割にしか過ぎない。
余白があれば、それを埋めようとするのが、人間の自然な活動です。
ですから、余白を作ればいいはずですが、現実には、それだけでは
思うように機能しません。
残りの8割が必要なのです。

残りの8割は、静かに本人が課題と格闘することを見守ること。
本人の格闘中に余計なことを言わないで、
ただ、見守ること。
ヒントを出すとか、言葉がけをするとか、すべてが邪魔なだけ。
だから、ただ、見守る。

これは想像以上に難しい。
ご家庭での父母による指導が上手くいかない理由の大きな部分はここにある。
ただ、見守ることができないで、ついつい、余計なことをしてしまい、
台無しにしてしまう。
実力はあくまで本人が自力で獲得していかなくてはならない。
指導者と生徒は、適切な距離を保ち続けなくてはならない。
そうすると、集中力が途切れることなく、課題に向き合い続けることができる。
生徒が課題に向かい続けるには、指導者の生徒を見守る目が必要なのだ。
それがあってこそ、生徒は、その課題を自分のものにすることができる。

距離が適切であれば、
指導者する者と指導される者の間には、暗黙の相互作用が生まれる。
この暗黙の相互作用が、生徒の脳を発達させ、思考力を開発していくのです。
これこそが、指導の本質です。
指導の本質は、指導者と生徒との間にある相互作用に目を向け、
この暗黙の相互作用を大切に育てて行くことにあります。
暗黙の相互作用を育てていくという意志が大切になります。

1. 課題に本気で向き合わせること
2. 適切に教え、適切に教えないこと。
3. 本人が課題と格闘することを見守ること。
このプロセスを繰り返すのが指導であり、教育である。
逆に、これを妨げるものは、どんなものであれ、反教育でしかない。
それが、優しさや親切から出たとしても、
所詮、周りの者たちの自分勝手な都合を押し付けているだけのこと。
本人を甘やかして、実力の養成を妨げる影響しかもたらされない。
指導者は、常に自分を省みて、過干渉を慎まなくてはならない。

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2025年05月16日

教育の目的は能力の社会化である #1203

第1203回の今回は
教育の目的は能力の社会化である
というテーマでお送りします。



教育の目的は、「能力の社会化」である。
能力の社会化とは何か。
わかりやすい例をいくつか挙げてみる。

街でナイフを振り回して人を殺していたら、殺人鬼。
手術室で、メスを握って、患者の腫瘍を摘出していたら、外科医。

ある人に24時間つきまとっていたら、ストーカー。
犯罪者の逮捕の為、24時間被疑者を張り込んでいたら刑事。

街で、徒党を組んで、爆音を響かせオートバイを走らせていたら暴走族。
大空を爆音を響かせ、編隊を組んで、曲技飛行をしていたら
ブルーインパルスのパイロット。

喧嘩して、暴力沙汰ばかりおこしていたら、単なる乱暴者。
リング上でボクシングの試合をしていたら、ボクサー。

あなたの周りを観察していただければ、すべての職業は能力を社会化
することで成立していることが分かる。
人には根源的な欲求がある。
生存本能だ。
人のあらゆる営みの根底には生存本能がある。
このことを理解するために、原始時代に人間の生活を想像してみよう。

食物を得たいという欲求が、ナイフを生み出す。
猛獣や敵が、いつ、どこから襲ってくるかもしれない。
そういう状況で、狩りをし、
危険を事前に察知し、
危険を避けるためには、
周囲の状況や猛獣、敵の習性を注意深く観察する必要がある。

大きな音を立てることで自分を大きく見せ、
猛獣や敵の動きを制することもある。

俊敏な動物を追いかけるため、
危険からいち早く逃げるため、
できるだけ高速で移動したいと願うのも当然です。

現代人は、生存本能のままに生きることが許されない。
だから、生存するという根源的な欲求を昇華させる必要がある。
本来生存のためにある生存本能をむき出しにしていては、
逆に、生存ができなくなるという、矛盾に現代人は直面する。
この矛盾を解決しなくては、生存ができないのだ。
もちろんよりよい人生を歩むことができない。
これが現代人の宿命なのだ。

この矛盾を解決できるのが教育である。
生存本能を社会化するための知識や技術が必要になる。
これが、教育である。
子どもの根底にある生存本能を社会化するために、
子どもをいかに教育し、躾けるか、
これほど重要なことはない。
個人に生きる満足をもたらし、社会に秩序を実現する。
人間の営みの根底にある生存本能に目を向けることで、
教育の大切さを認識して欲しい。
そして、自信をもって教育や躾に当たって欲しいと心から願っています。

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